歯科医と獣医のダブルライセンスを保有する医師
御世話になります。当院歯科・口腔外科の江口です。今回は、とくに小型犬をお家で飼われている飼い主さんへ向けて、歯周病が引き起こす非常に危険な合併症の1つについて実例を交えてお話したいと思います。ちなみに今回お伝えする内容のほとんどは、当院HPの歯科レポート『抜歯の意味を知るPart.7』に載っていますので、気になる方はどうぞご覧になってください。
さて、1枚目のスライドの写真は、当科を受診した、ある小型犬の子ですが、口を閉じた状態のときに、お顔を正面から撮った写真です。
見慣れないと分かりづらいかと思いますが、顔の真ん中(正中:せいちゅう)に対して、下あごが顔の左側(こちらからみると右側)にずれています。
これ、実は、もともと、あごがゆがんでいるわけではないんです。
飼い主さんから伺った、この子の症状は、『口臭がある』『最近フードを食べにくそうにしている』『柔らかいフードしか食べない』『顔を触ろうとすると嫌がる』『食べようとするとキャンと鳴く』でした。
ちなみに飼い主さんは『下あごが横にずれていることに、言われるまで気づかなかった』とのことでした。
じつは、諸症状のお話を聞き、あごの横ずれをみたときに、レントゲンを撮る前の段階で、直感的に『これは下あごが折れてる可能性があるな』と思いました。
『えっ!あごが折れてる?そんなまさか・・』と思いますよね?
なぜ、そう思ったのか?このあとお話しましょう。
実際、レントゲンを撮影すると、やはり、この子の下あごは左側が1か所大きく折れてしまっていました。
下あごが折れたその原因は『歯周病』でした
『えっ!歯周病って歯だけの病気でしょ?』『歯周病であごが折れるなんて、そんなわけない』
そう思われる飼い主さんいらっしゃると思います。
これが今回のお話でお伝えしたい、メインテーマです。
あごの骨折というと、交通事故や転倒などで、あごを打ちつけたり、ケンカで顔を殴られるなど、強い衝撃を受けたことが原因で折れてしまうことが一般的です。
ですが、強い衝撃を受けなくても、骨が折れてしまうことがあります。
その1つが、『骨に影響する病気が原因』の場合です。病気で骨がもろくなったり薄くなったりして、強度が弱くなり、少しの力で折れてしまったり、また、病気が骨を溶かしたり破壊することで、骨が自然に折れてしまうことがあります。このようにして起こる骨折を『病的骨折(びょうてきこっせつ)』といいます。
人間の場合では、代表的なものとして、高齢女性の方に多い『骨粗鬆症(こつそしょうしょう)』という骨が脆くなる病気が、病的骨折を起こすものとして有名です。
ほかに『がんの骨転移:例えば乳がんの骨転移』や『骨にできるがん:骨肉腫など』や『口腔がん:例えば歯肉がん』などの命を脅かすものも、病的骨折を起こす病気にあたります。
さて、犬や猫の場合にも、骨に影響する病気により、病的骨折を起こす場合があります。
そのなかでも、あごの骨に病的骨折を起こす病気には、『口腔がんなどの口のなかやあごにできる腫瘍』『骨髄炎;こつずいえん』『あごの骨にできる嚢胞:のうほう』といった、進行とともに、骨をゴリゴリに壊したり溶かしたりするような、ややアグレッシブな病気が比較的多くあります。これは人間も犬・猫もまったく同じです。
実は、『歯周病も病的骨折を起こす病気です』。しかし、『一般的には歯周病であごの骨が折れることはありません』
一般的ではありませんが、歯周病が進行して、ある状態になったとき、病的な骨折が起こることがあります
ある状態とは、『歯周病が重度、つまり、いちばんひどい状態になっているとき』です。
とはいえ、たとえ重度の歯周病であっても、骨折が起こることはそうあるわけではありません。ただし、小型犬の場合は、また別です。
じつは、『重度の歯周病であごの骨折を起こしてしまう、そのほとんどが小型犬』です。
これが、小型犬の場合に歯周病が引き起こす危険な合併症の1つ、下あごの骨折です。
以下は、特に小型犬についてのお話だと思って読んでください。
まず、歯周病とは、歯のまわりに炎症を起こし、進行すると、歯を支えている骨をどんどん溶かしてしまう病気であることは、飼い主の皆様は認識されていますでしょうか?
歯周病は単に歯が悪くなるだけの病気という認識がある方が、もしいましたら、ずばり言います、いますぐその認識を捨て去ってください。
その理由は、歯周病はあまりにも進行すると、歯を支えている骨の根元にある、あごの骨までが溶けてしまうためです。
なので、歯周病は『あごの骨まで溶かす病気』という表現ができます。つまり、歯だけに起きる問題を超えてきてしまうんです。
『あご』は顔の一部でもありますので、ややオーバーに表現を変えると、歯周病は『顔の骨が溶ける病気』とも言い換えることができます。
『顔の骨が溶ける!?』まるでホラーです。ですが、これ、事実です。
実際、歯周病により、あごの骨がひどく溶けすぎて、顔つきが変形してしまう小型犬もなかにはいます。まずはこの事実を知ってください。
小型犬のあご骨の特徴はレポート『抜歯の意味を知るPart.7』にて解説していますが、小型犬は歯の植わっている部分に対する、あご骨の厚みが、中型犬や大型犬に比べると明らかに薄いという特徴があります。これは、歯のまわりの骨を溶かしてしまう歯周病という病気に対しては、あご骨の守りが、あまりにも脆弱と言い換えることができます。
こうした背景が、小型犬の場合、歯周病が重度になると、あごの骨折を起こしやすい要因となっています。
さて、話が戻りますが、なぜ私がこの子の諸症状を聞いて、あごの横ずれをみたときに、直感的にあごが折れてるかもしれないと思ったか、その理由について、ポイントを交えてご説明します。
ポイントは①『#小型犬』②『#フードを食べにくそう』③『#歯周病がひどい』④『#下あごのずれがある』です
ポイント①『#小型犬』
小型犬のあごの特徴については先にご説明したとおりです。
ポイント②『#フードを食べにくそう』
歯が痛かったり口のなかが痛かったりすると、食べ物をたべるときに口の動きが不自然になることがよくあります。たとえば、ドライフードのように乾燥し、ある程度硬さがあり、基本的にかみ砕いてたべなければならないものは、口をよく動かす必要がありますので、口や歯に痛みがあるときには、食べにくくあまり好まれません。一方、柔らかいフードであれば、ドライフードに比べれば、あまり口を動かさず食べられますので、歯や口のなかが痛くても食べやすいわけです。
つまり、フードを食べにくそうにしているという内容から、なにか口のなか(歯を含め)に痛みがあるのでは?と察しました。
ポイント③『#歯周病がひどい』
実際にはレントゲンを撮らないと、歯のまわりにある骨の状態が確認できないため、お口をみただけでは、ひどい歯周病と診断できません。
しかし、これまでの経験上、歯周病がひどいケースというのは、『口臭が非常にくさい』『歯がみえないくらい歯垢や歯石がついていて汚染度が激しい』『ドライフードを食べにくそうにする、柔らかいものはよく食べる』といった条件が、だいたい当てはまることが多いです。
実際、この子はこの上記3つの条件を満たしてたので、ひどい歯周病があるかも、と察したわけです
ポイント④『#下あごのずれ』
これら①~③のポイントに加え、あごの骨折がある可能性を察した決定打は『#下あごのずれ』です
下あごには口を閉じる筋肉と開く筋肉がくっついています。
あごが折れると、折れた場所によって、骨のまわりについている筋肉により折れた骨が引っ張られたりして、下あごの位置が横にずれたり、傾いたりしてしまうことがあります。
そうなると、かみ合わせ位置のずれや、口を開くことや、閉じることが障害される状況が起きてしまいます。
あごがずれているかどうかを確認する場合は、口を閉じているときに正面からお顔をみてください。2枚目のスライドのように、あごが傾いてたりずれがあるようなら、注意です。
ちなみに、生まれつき、あるいは成長したときに、あごがゆがんでいる場合や、大人の歯に生え変わるときに歯のかみ合わせが狂うことで、あごが横にずれてしまっている場合もあります。
不正咬合(かみ合わせの異常)や顎変形症(あごのゆがみなど)の場合は、以前からあり、年数を経ても食べずらさや、口を傷つけたりしないなど、問題を起こさずにきているようなら、心配ありませんが、前は普通だったのに、急にフードの食べにくさと、あごのずれがでてきたという場合は、要注意です。
下あごのずれは骨折で起こる代表的な症状の1つですが、さきほど、お話した病的骨折を起こす進行性の『口腔がん』でも起きることがあります。
あごが骨折していた原因が、進行性の口腔がんだったというケースは何度も経験していますので、『あごのずれイコール大したことない』とあなどると、がんだったとき、飼い主さんのショックははかりしれないものになります。ですから、急に生じる下あごのずれにはくれぐれも注意しましょう。
以上4つの#ポイントをご説明しましたが、この4条件が揃ったときには、私見ですが、あごの骨折を強く疑います。
飼い主さんもぜひこの#ポイント4つを覚えておいてください。スライド3枚目に記載しています。
さて、しつこいくらい『小型犬』、『歯周病』、『あごの骨折』を連呼してきましたが、それだけ重要な注意事項であるとお察しいただけたら幸いです。
最後に、歯周病になっているかどうかは、飼い主さんが目でみて判断できないこともありますが、症状があれば気づくきっかけになります。
歯周病の症状を知ることは早期発見につながりますし、ひいてはあごの骨折予防にもなります。
当院youtubeにて歯周病の症状について、飼い主さんに分かりやすくご説明していきますので、ぜひそちらもご視聴ください。
歯科検診を受けていただくことも有効です。実際に歯周病で骨折しそうなケースを検診で発見できた例は多数あります。もしご心配であれば、当科にて歯科検診を検討してみてくださいね。
この内容を読んでくださったことで
『自分のワンちゃんは歯周病で骨折させない』『歯周病予防のデンタルケア頑張ります』『歯周病は放置しない』
そう思っていただける飼い主さんが今後増えてくれることを切に願っております。
今後もダブルライセンスならではの視点を交えて、口腔の専門科として、歯の病気を含む、お口全般に起こる諸問題を、広く飼い主さんに啓発してまいります。
今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。
歯科医と獣医のダブルライセンスを保有する医師