『抜けぬ乳歯はお邪魔虫』
御世話になります、歯科・口腔外科の江口です。
今回のコラムは、適齢期を過ぎても抜けていない乳歯がテーマです。
『えっ!抜けない乳歯?』『乳歯が残っていてなんか問題でもあるの?』『うちの子、乳歯あるけど大丈夫かな?』そんな疑問をもつ飼い主さん、いるのではないでしょうか?
大人の歯(永久歯)が生えるために、『必ず』抜け落ちなければならない、子どもの歯が乳歯です。そんな乳歯が、いつまでも抜け落ちずに残ったままだと、実はお口にいろいろとトラブルを起こすお邪魔虫になることがあるんです。お邪魔虫の意味はのちほど。
さて、適齢期を過ぎても抜け落ちずに、生え続けているような乳歯のことを、『乳歯の晩期残存:ばんきざんぞん』といいます。イヌ、ネコ、そして、私たちヒトも同じく、この乳歯の晩期残存が起こることがあります。とりわけ、小型犬では、乳歯の晩期残存は比較的よくみられます。いうなれば、『小型犬あるある』なので、小型犬、とくに生後半年以内のワンちゃんがいる飼い主さんは、今回のお話をぜひ気に留めていただけたらと思います。
ところでイヌの乳歯が抜け落ちる適齢期とは、どのくらいの時期にあたるのでしょうか?諸説ありますが、だいたい目安として、『生後3ヶ月~半年の期間』に乳歯が抜け落ちて、永久歯が生えてくる時期とされています。そして、『生後7ヶ月』では、個体差はあれ、基本的に、『すべての乳歯は抜け落ちて、お口に生えているすべての歯が概ね永久歯になる時期』とされています。ですので、生後7ヶ月以降でも、乳歯がまだ生え続けているようなら、それは、乳歯の晩期残存ということになります。たとえば、トイプードルやポメラニアンの飼い主さんから、『先生、うちの子1歳なんですけど、乳歯が残ってるみたいで・・』というご相談をいただくことがよくありますが、1歳時点でそういう場合は、『100%乳歯の晩期残存』というわけですね。晩期残存じたいは病気ではありませんが、これが起きる背景に病気が関係している場合がありますので、注意は必要です。
ちなみに、時期がくると、なぜ乳歯が自然に抜け落ちていくのか、ご存知でしょうか?それには、永久歯が関係しています。乳歯の下の顎骨のなかには、次に生える永久歯が必ずスタンバイしています。時期がくると、永久歯は顎骨の上へ向かって伸びていき、やがて、その上にある乳歯の根っこを溶かしつつ、だんだんと生えてこようとしてきます。そして乳歯の根っこが溶けて短くなると、やがて、乳歯は支えがなくなり次第に触れるだけでグラグラと動くようになります。そうなると、やがて、食事など口を動かしたり、なにか噛んでいる拍子に、ポロっと抜け落ちていくのです。これが、時期がくると自然に乳歯が抜ける理由です。ですから、乳歯がグラグラと動いているときというのは、永久歯がこれから生えてきますよというサインになるわけですね。もし、乳歯の抜け落ちるとされる時期に、乳歯がグラつきもしていない場合には、あとに続く永久歯に、生えてこれない、なんらかの問題(病気など)が起きている可能性を疑います。
その問題(病気)とは具体的になにか?詳細はここでは省きます。気になる方は、過去のHPお知らせアーカイブスにあります、歯科コラム『#歯が生えてこない・・・なんで?』に詳しくお話してますので、ぜひご覧になってくださいね。
病気が関係していないような、乳歯の晩期残存もあるわけですが、じゃあこれを放っておいていいか?といわれると、あまりよくはありません、お邪魔虫になるからです。私的にお邪魔虫になるとする理由は以下#です。
➀#永久歯が生える場所を妨害する
②#歯に汚れがたまりやすくなる
③#折れやすい
この3つです。
まず、『➀#永久歯が生える場所の妨害』ですが、これは、生え変わりの時期に限定して発生してくる問題です。じつは、乳歯が抜け落ちない場合に、永久歯が生えようとするスペースを妨害してしまうことがあります。基本的に、乳歯が生えていた場所に向かって、永久歯は生えていきたいため、いつまでたっても乳歯が抜け落ちてくれないと、その方向へ生えることが難しくなります。
その結果、乳歯を避けて、変な向きや位置で永久歯が生えてしまうことがあります。そうした場合に影響を受けてしまうのが、『かみ合わせや、歯並び』です。スライド6枚目をご覧ください。この子は生後6ヶ月のトイプードルで、飼い主さんが、歯並びが気になるとのことで、当科を受診されました。よくみると前歯に乳歯が残っており、とくに、乳歯の犬歯(乳犬歯)と永久歯の犬歯(犬歯)が一緒に生えているのが分かります。そして、永久歯の犬歯が内向きのまま、生えてきている状態でした。こういう歯並びは要注意です。放っておくと、犬歯が内向きのまま伸び続け、お口を閉じたときに、歯の先端が上あごをグサグサ傷つけてしまうことがあります。これは外傷性の不正咬合というもので、深刻な状態になると、口をひどく傷つけ、上あごに穴があいたり、痛みで食事をとれなくなるケースもあります。
実は、この不正咬合、永久歯が完全に生えきってしまうと、歯科矯正でもしない限り、治すことはまずできません。逆に永久歯がまだ生えきってない場合は、妨害している晩期残存の乳歯を単純に抜歯することで、矯正をしなくても、永久歯の生える向きを本来あるべき位置に戻し、不正咬合を解消できる可能性があります。
実際、この写真の子は、受診から1ヶ月以内に晩期残存の乳歯抜歯をしましたが、7枚目のスライドをみていただくと、術後2ヶ月、犬歯の不正咬合が解消されているのが分かるかと思います。
乳歯を抜いたことで、妨害がなくなり、永久歯の生える向きが、本来の外側方向に向かえるようになったわけです。このような、不正咬合を解消するための、晩期残存乳歯の抜歯は、『永久歯が完全に生えきる前に行うことが条件、タイムリミットが限られています』もし1歳まで待っていたとしたら、永久歯は生えきってしまうため、乳歯を抜歯したとて不正咬合が解消できる可能性は薄くなります。ですので、生後半年のワンちゃんがいる飼い主さんは、ぜひ、お口をまめにチェックして、早めに気づいてあげられると良いですよ。
つぎに『②#歯に汚れがたまりやすくなる』ですが、これは、とくに永久歯と乳歯が隙間なく生えるような場合に、起きやすくなります。スライド8枚目をご覧いただくと分かりますが、永久歯が乳歯と接近するようにキチキチに生えていますよね?その歯と歯の間に毛やら、食べかすやらが挟まったり、歯垢や歯石が沈着しています。こうなると、非常に歯周病になりやすくなります。実際、1歳を超えた小型犬のうち乳歯の晩期残存がある子のほとんどでは、このスライド写真のようになっている印象があります。抜け落ちるはずの乳歯が歯周病になるのはまだしも、健康な永久歯がそれにつられて歯周病になってしまうなんて、これは本末転倒ですよね。そういう意味で、乳歯がお邪魔虫になるというわけです。ただ、お邪魔虫とはいえ、歯をまめに磨いて晩期残存の乳歯も永久歯も歯周病にさせずキレイに保てているようなら、お邪魔虫といえど、必ずしも抜く必要はないと、私は考えています。
最後に『③#折れやすい』ですが、乳歯はそもそも子供時代に使う歯であるため、永久歯と比べて、大きさが小さく、根っこも細く、頑丈ではありません。大人になると、あごの筋肉も発達してきますので、噛む力も強くなります。乳歯は、そんな大人時代に対応するように構造上できていないのです。スライドの9枚目をご覧ください。この子は1歳を超えている小型犬でしたが、晩期残存の乳犬歯が折れて、歯の神経がみえていました(露髄:ろずい)。そして、スライド10枚目をご覧ください、実際に抜歯した小型犬の晩期残存の乳歯です。その細さ、私の指の爪先と比べていただくと分かりますように、グッと力を入れると、つまようじが折れるように、簡単に折れてしまいます。
露髄した乳歯を放っておくと、そのうち歯の神経が死んで、腐り、お口のばい菌が、その乳歯のなかに侵入して巣をつくります。最終的に乳歯の根っこのまわりで炎症を起こして、あご骨を溶かしてしまいます。このように晩期残存乳歯は、折れやすく、折れると露髄を起こしやすいことから、お邪魔虫になるというわけです。ちなみに、飼い主さんが硬いものを与えたりせず、結果、乳歯が折れないようにふだんから気をつけているようなら、お邪魔虫といえど、必ずしも抜く必要はないと私は考えています。
すみません、長くなりましたが、これらをふまえて、乳歯晩期残存がある場合の当科の基本方針をご紹介します。
★生後6~7ヶ月時点で前歯の乳歯が残っているようなら、レントゲン検査をして、乳歯と永久歯の状態を把握します。
レントゲン検査では、乳歯が自然に抜ける見込みがあるか、抜けないのか、概ね判断でき、なおかつ、永久歯の状態も把握することができます。
★レントゲン検査の結果、乳歯が自然に抜ける見込みなし、永久歯が生えるのを妨害している場合
不正咬合が固定化しないうちに、飼い主さんの希望次第で、できる限り早く乳歯を抜歯します。
★検査の結果、永久歯がもともと存在しない欠歯で、乳歯しかそこに歯が生えない場合は、永久歯の代役として使うことも考え、有事なければ、必ずしも抜く必要はなし。
また、乳歯を抜歯する場合は、全身麻酔になります。程度により簡単にいくわけではなく、人間の親知らずを抜くような内容の抜歯手術になることもあります。そして麻酔リスクも少なからずあるため、当科では、安全に配慮して、基本的に避妊去勢手術などと同時に行うことはしていませんので、ご留意ください。
いかがでしたでしょうか?乳歯の晩期残存は、小型犬あるあるですが、お邪魔虫になることもあるため、放置はよくないということを、このコラムを通して、ぜひ気に留めていただけたら幸いです。もし晩期残存かな?と思ったら、どうぞ当科へご相談ください。
今後とも引き続き何卒よろしくお願い申し上げます。
ご来院の前に必ずご連絡ください。ご対応出来ない場合もございます。
『健康診断』、『歯科』、『手術』の場合のみ「診療予約」を行っております。
↓ 受付は、初めての方でも当日ご来院の際に受付で、もしくはWEBにて「受付」の予約が可能です。↓
〒409-3866 山梨県中巨摩郡昭和町西条5167
TEL:055-275-5566
診療時間:午前10:00 – 12:00 午後15:00 – 19:30
土曜:午後は18:00までとなります。
休診日:日曜・祝日
Copyright©2024 kasamatsu-vetclinic.com 笠松動物病院 All Rights Reserved.
Created by kaibutsu.org