我々人間でも、身体を構成する細胞は常に新しく作られて入れ替わっています。これは恒常性といって、生命体として生命を保つ上で重要な機能です。正常な細胞でも、時々エラーを起こして本来増殖したい細胞ではない細胞に分裂してしまうことがあり、通常であればそれら異常な細胞は排除されるので問題になりませんが、その歯止めが効かなくなって異常増殖していくのがガンとか腫瘍と呼ばれるものです。今回の江口先生のコラムでは、それらのメカニズムに関連した口の腫瘍について記載しておりますのでご参照ください。
「診断の8割は飼い主さんとの会話」をモットーに、二次診療施設と連携し、あらゆる角度から飼い主さんやペットにとって最良の治療を目指す街の獣医さん。
2023年4月より麻布大学付属動物病院 整形外科専科研修医
『口を傷つける異常な噛み合わせ、それ放置すると、傷ががんになるかもしれません』
お世話になります、歯科・口腔外科の江口です。
今回のお話は、一見、がんと無関係と思われがちな歯の問題、とりわけ噛み合わせ(咬みあわせ)の異常が、実はがんを誘発するリスクになりうることをお伝えしたいと思います。
ちなみに冒頭の写真は、猫ちゃんの上あごの犬歯が、口を閉じたときに下唇にあたっていたことにより、傷ができ、それが何度も繰り返されたことで発生したと考えられる『下唇のがん』です。
これは、口を傷つけるような噛み合わせの異常が招いた結果と考えます。
『えっ、噛み合わせが悪いと、がんになるの!?』『うちの子も噛み合わせが悪いんだけど、怖い、どうしよ~不安です』
そんな飼い主さんもいらっしゃるかもしれません。
不要な不安を与えかねないので、ここで、これからするお話の大前提お伝えしておきます。
『すべての噛み合わせの異常が、がんを誘発するなどといった害をなすわけではない』これポイントです。
どういうことか?説明しましょう。
例えば、下あごが上あごより前に出ているブルドックなどの顔ぺちゃ犬いますよね?こうした犬種は、いわゆる口を閉じたときの噛み合わせが、顔ぺちゃ犬でない一般的な犬に比べると、下あごが出ている受け口(下顎前突:かがくぜんとつ)のために、異常な(不正な)噛み合わせになります。
このように、ノーマルでない異常な噛み合わせのことを『不正咬合:ふせいこうごう』といいます。
不正咬合しかり、咬合のことを話すと歯科の分野として、非常に深くなるため、今回は簡単にお話しますね。
こうしたブルドックのような顔ぺちゃの犬種では、不正咬合は、犬種の個性として受け入れられている節があります。
また、顔ぺちゃの犬種以外でも、不正咬合をもつ犬や猫は、程度の差はあれ、ふつうにいますが、噛み合わせの悪い不正咬合だからといって、すべての犬や猫が、食事をとるのに不都合があったり、日常生活に困っているわけではありません。
人間も同じで、噛み合わせが悪い人(実は私も一部の歯で不正咬合ですが(笑))はふつうにいますが、そういう人たちが、みんな食事に不都合があったり、日常生活に困っているわけではありませんよね。
そしてそういう人たちが、みんな口腔がんになりやすいというわけでもありません。
つまり『噛み合わせの悪い不正咬合をもつ犬や猫、人間のすべてが、口腔がんといったがんを誘発しやすいわけではない』ということです。
これが、大前提ですので、これを念頭に置いておいてくださいね。
さて、ここからが、本題です。
あまたある不正咬合の噛み合わせの異常のなかでも、口を閉じた際に、口を傷つけてしまうようなものがあります。
その原因としては、歯が傾いて生えていたり、歯が歯周病でグラグラに動いて安定不良になっていたり、歯が欠けるなどしてとがっていたり、交通事故や病気で顎がずれている、などがあることにより、噛み合わせようと、口を閉じた際に、本来傷つかずに済むような舌や頬の内側、唇などといった場所を噛んでしまい、傷ついてしまうような場合です。
このような傷害を与える噛み合わせは、きわめて注意が必要であり、度を越えてくると、傷からひどい口内炎を起こしたり、傷への刺激が慢性的に続くことにより、傷が、がんになることがあります。
歯科のコラム『舌がんの前触れ』でも触れてますが、慢性的な物理刺激を受ける場所というのは、治ったり傷つけられたりを繰り返す、細胞もきわめて不安定な場所です。そうした場所は、がんのリスクになることが知られています。
とくに、一般に高齢になるほど、がんの発生率は高くなる傾向にあるので、こうした傷害のある噛み合わせをもつような犬や猫は、高齢になるほど、注意を要することはいうまでもありません。
ちなみに冒頭の猫ちゃんは、シニアでした。
2枚目の写真をご覧ください。口を閉じているときの写真です。
左上の犬歯が、口を閉じたときに下唇にあたるようになって傷がついて治らないとのことで、当科を受診されました。
犬歯の先端が鋭くとがっていることがおそらく原因で、口を閉じた際に下唇に食い込み、それが、傷となった。そして口を閉じるたびに、とがった犬歯により、傷をさらに刺激して傷が大きくなってしまったと考えられます。
こうした場合はまず、とがった犬歯を少し削って、下唇に当たらなくするように、咬合調整という処置をします。
お口を傷つける噛み合わせを解消する上で、最も大事なことは、咬合調整のように、傷に物理刺激を与える部分を探りだし、その刺激を物理的に緩和あるいは解消してあげることです。
一般には、これで、傷に刺激が加わらなくなるため、1~2週間もすれば改善してくるのが経験上ほとんどといった印象ですが、これでも、傷がジクジクして治らない場合には、とくにシニアの犬や猫の場合には、まず変だな?と疑います。
実際、がんを疑い、念のため、咬合調整と同時に、傷の部分を、検査に出したところ、やはり『下唇のがん』でした。
つまりおそらく受診する前の段階で、すでに傷が、がん化していたことになります。がんになったのがいつからなのかは不明ですが、1つ言えることは、がんになってからも、とがった犬歯が、口をとじるたびに、がんを刺激し続けていたのでしょう。
こういう、がんを刺激し続けるという場合は、実は非常に危険です。
これは、車でいうアクセルを踏み続ける状態ですので、がんが育つスピードが早まってしまうことになります。
ですので、口腔がんについていえば、もしがんを刺激するような噛み合わせの異常がある場合には、緩和的な治療の1つとして、刺激でその進行を早めないためにも、がんを刺激する歯の咬合調整や、場合によっては、がんを刺激する歯の抜歯を行うことがあります。
『がんは刺激しない』これは、きわめて大事なことです。覚えておいてくださいね。
ちなみに、この子はシニアでしたが、がんが分かった段階で、飼い主さん合意の上、迅速にオペしましたので、その時点で、がんが大きく広がっていなかったのが幸いに、完全切除でき、術後は大きな機能障害はなく、無事に過ごせております。
これがもし、『ただの傷でしょ、大丈夫、塗り薬ぬっとけば治りますよ』という対応で検査もしないならば、後手後手になり、そして、気づいたときには、『がんでした、がんのステージが進んでいました』では、悲しすぎますよね。
そうならないためにも、今回のコラムを通して、飼い主さんにぜひチェックしてほしいことがあります。
☆高齢の犬や猫(おおむね12歳以上)がいる
☆唇やお口に傷がついている
☆その傷がジクジクして、塗り薬しても2週間以上治らない
これは完全な私見ですが、以上の3点が当てはまる場合には、まず、傷ががんの可能性もあるかも、と疑ってみてください。
その場合、検査をすることで、その傷が、がんか否かを知ることができます。
不安のある飼い主さんがおられましたら、当科へご相談いただけたらと思います。
最後に、噛み合わせの異常のなかで、傷つけるような噛み合わせに、飼い主さんが気づくことも難しいことが多いかもしれません。口を閉じようとしない、食べかたがおかしい、フードをすぐ丸のみする、食事後に痛がって鳴くなどが、これを
疑うサインになることがあります。食事の際に注意してみてあげてください。
こうした症状があったり、噛んだときの傷が治らないなどあるようでしたら、まずは、一度当科へいらしてください。
また、口を傷つける噛み合わせの異常に、早く気づいてあげることが、ひいては、今回のような口のがん、口まわりのがんの予防につながりますので、ぜひ、歯科検診などを利用していただき、噛み合わせ異常の早期発見、早期の対処ならびに、口腔がんの早期発見を目指しましょう。
今後とも引き続き、何卒よろしくお願い申し上げます。
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